【お祝いコメント】藤井丈司さまよりお祝いコメントを頂きました!

20周年、おめでとう。
アナログのサイトには、アニバーサリーのメッセージがたくさん届いていて、
読んでみたら、みなさん短いテキストばかりだった。
なので、僕は少し長い文章を書こうと思う。長いのが苦手な人は….飛ばし読みして下さい。

アナログフィッシュを初めて見たのは2003年の冬だったか。
あれは、新宿の「redcloth」だったと思う。
たしかMINAMI WHEELのサイトで、彼らの音を聞いて興味を持ったのだ。

本当は他のバンドもお目当てだったのだけど、そのバンドは実際に見てみるとそんなでもなくて、
しかしその後に出たアナログフィッシュの自由で圧倒的な存在感は、群を抜いていた。
こんなバンドいるんだ…。プロデューサーとしてそう思ったのには、いくつかのわけがある。

まず声。3人が歌うこと。
あまりうまいというわけじゃないのだが、そのガラクタなコーラスワークに手触りがあって良かった。
それとビート。斉藤州一郎のドラムと佐々木健太郎のベースは、
僕が思い浮かぶどの日本人リズムセクションよりも、しなやかでパワフルでよく歌っていた。
なおかつ佐々木健太郎の野太い歌声は、何もかも吹き飛ばす風速と圧力があった。
でも、僕が一番気になっていたのは、下岡晃の下手なギターと朴訥な歌と叙情性だった。
つまり簡単に言うと、このバンドは自由で、必要なものが全て揃っていて、3人ともすごいじゃん!と思ったのだ。

この時のライブは、一曲終わるたびに3人が揃って頭を下げていた。
そしてMCが極端に少なかった。そんなところも素朴な感じで好感が持てた。
誰が前に飛び出すでもなく、3人が並列でいたこのライブは、何者にも代えがたい魅力があった。

急いで次の日にマネジメントに電話をした。
担当者の話では、もうメジャーデビューが決まっていて驚いた。
そして、少し日が経つとレコーディングが始まった。

ミニアルバム「Hello Hello Hello 」を2004年の秋に、「BGM?」を2005年の夏にリリースした。
僕にとっては、どちらも最高傑作だと今でも思っている。
でも、彼らがインディーズで出した「世界は幻」と「日曜日の夜みたいだ」には及ばないな。
そのことも今でも思っている。やはり彼らの作品は、何にも縛られないで作った、あの2枚が最高だ。

2枚のミニアルバムを経て、メジャーデビューアルバム「KISS 」を2005年の秋にリリースした。
アルバム作りは長丁場で、タイアップシングルの作業もあり、けっこうしんどかった。
エンジニアの渡辺省二郎としっかり仕事をしたのもこの時が初めてだ。
緻密でしかもパンク以降の音がしていて、この2005年くらいから、
日本のメジャーシーンでのロック~ポップの音作りが変わってきた。

アルバムを作っている最中に、アナログフィッシュのタイアップシングルを作る作業は、
僕には向いてないかもしれないと思った。この時までに、人気バンドもアイドルもベテランシンガーも手がけていて、
タイアップなんてなんとも思わなかったのに。
何かに縛られて曲を作る3人には、あの「redcloth」で見た自由さが薄まっていく気がしたのだ。

それは、うまく言えないけれど、このバンドに僕が何か純粋なものを見出し過ぎていたのかもしれない。
あるいは、ロック〜ポップの音が変わリ始めた時代に、
インディーズバンドをメジャーでヒットシングルを持つ「アーティスト」に変身させる魔法を、
僕が持ち合わせていなかったからかもしれない。今考えても良くわからないけど、きっとどちらでもあるのだろう。

というわけで、僕は「KISS 」を最後に、アナログフィッシュのレコーディング・プロデューサーを降りた。
それからは、一ファンとしてライブを見に行ったり、新作を聴いたりしている。
そして、なんだ全然自由にやってるじゃん、心配して損した、なんて毎回思う。

20周年。いろんな事があっただろうけど、よくここまでバンドが続いてきたもんだ。
大変だったろうと思うし、これからも続けるとなると、もっと大変だ。
結婚も、音楽という職業も、始めるのは簡単だけど、続けていく事は年を経るごとにその重みを増していく。
そして同時に深みも増していく。だから…あ、ちょっとこの話、たとえが重すぎたかな。

とにかく僕は、アナログフィッシュに関われたことを、今でも誇りに思っています。
これからもがんばって、いや自由に泳いで、3人ともすごいじゃん!でいて下さい。確信なんてなくてもいいから、行くのさ。
心の底から応援してます。

藤井丈司(音楽プロデューサー)